2021年7月24日土曜日

ラーメンズ 『できるかな』と「ユダヤ人大量虐殺ごっこ」というフレーズについての所感

 ラーメンズ 『できるかな』と「ユダヤ人大量虐殺ごっこ」というフレーズについての所感


「小林賢太郎氏解任問題」と、問題のコント作品に寄せられた批判への反論を述べ、作品の文脈を無視して頭ごなしに批判することの危険性を主張する。

2020年東京五輪開会式ディレクター 小林氏の解任問題

小林賢太郎氏が若手芸人時代に演じたコント『できるかな』の中で、架空の子供向け工作番組の演者である青年が考えた工作のひとつが「ユダヤ人大量虐殺ごっこを考えたときに作ったものである」と述べられる。この一言が「ホロコーストを揶揄したものであり、ユダヤ人への差別に当たる」として問題となり、ユダヤ人団体からの非難を受け、小林氏の解任へと繋がった(時事ドットコムニュース、2021)。SNS上では一般人からの批判も寄せられている。
問題点整理のため、主な批判の内容を要約すると、以下のようになる。

①「ユダヤ人大量虐殺ごっこ」という、歴史上深刻な事件を題材にし、揶揄したことは問題だ
②ホロコーストを意味する文言を出した小林氏はユダヤ人差別者だ

だが、本当にそうだろうか。タブーを題材にすることは全て悪だろうか、タブーを扱った作者はすなわち差別主義であると結論づけて良いだろうか。
さらに問えば、そもそも問題のコントは「ホロコースト揶揄」だっただろうか。
筆者は、この批判は単なる揚げ足取りに過ぎず、コントの文脈を全く無視し、ただセンシティブな用語を使用した箇所を意図的に切り取った結果のものであると見ている。
以下に、騒動はこのコントの本来の本質を読み誤ったものだという主張に立ち、コントの内容分析と共に上記批判に反論する形で根拠を示そうと思う。

風刺と揶揄 ナチスとホロコーストを取り扱った

風刺漫画をみる

ホロコーストやナチス関連の問題は、確かに看過すべきではない重要な歴史的事件だ。しかし、それを題材として取り上げるということと、「タブーを犯す」ことは全く別問題である。

過去にもあった「ナチスもの」風刺

第二次世界大戦戦時中から、ナチスやヒトラーは題材にされ続けてきた。例えば、以下の風刺画は有名なものである。
                          (https://digital.library.pitt.edu/islandora/object/pitt%3AGR000199/viewer)
独ソ不可侵条約を結んだ様子を、ヒトラーとスターリンが結婚する姿で描いたものだ。
この絵の本来の意図は、添えられたコメントにあるとおり「蜜月期間はいつまで続くのか("Wonder how long the honeymoon will last?”)」という、当時の不安定な情勢に疑問を投じることである。しかし、この意図を無視すれば、あるいは解釈を非常に歪曲させれば、
「ヒトラーとスターリンが手を結んだことを、結婚という祝い事のモチーフにして応援する」
と見えてしまいかねない。

もう一つ。John knottの風刺画"Wartime Portrait of a 'Good German'"では、ホロコーストの惨状を「殺人工場(”MURDER FACTORY”)」として描いている(Watkins, 2018)。
これも無慈悲な行いを大量かつ機械的に処理していく非人道性を描いたものだが、「工場という場所で『効率よく』処理することの利便性賛美」と受け取られてしまう可能性もなくはない。

最近では『帰ってきたヒトラー』が物議を醸した(映画公式サイト)。これも本質は「人ひとりの中にある差別性、排他性」や「マスコミによって扇動されやすい大衆」を鋭く風刺したものだが、やはり不謹慎だという批判が持ち上がっていた。

本質を鑑みず、ただただ「ヒトラーネタ=タブー」と短絡的に結びつけている彼らは、砂山に頭を突っ込み「わしは何も見ないぞ(”I DON’T SEE ANYTHING.”)」と言うだけの現実を直視しない人間と同じであり、まるで『ゲルニカ』を見て「戦争モチーフだからピカソは戦争肯定派で、危険思想の持ち主だ」と指摘するかのような頓珍漢だと言えよう。
「題材として取り上げること」と「タブーを犯すこと」という二つの異なる問題を混同させることは、本質から目を逸らしているばかりか、事実の歪曲に加担するという危険をもはらんでいる。
以上から、①については誤りであり、また②についても論理が飛躍した言論だということは理解いただけるだろう。もし仮に作者も含め批判するのであれば、作者の人間性、人となりについてまずは詳細に調査したうえで結びつけなければならない。

件のコント『できるかな』と問題のセリフ

さて、次に問題となったコント作品『できるかな』を分析し、コンテクストと照らし合わせることで「このコントはホロコーストの犠牲者を揶揄している」という主張の正当性を検証する。

コントの内容と流れ

まずは当該コントの内容を整理しよう。『できるかな』は某子供向け工作番組を模したもので、男性のコンビが彼らの出演している番組の内容について話し合う、という内容だ。彼らは視聴者から寄せられたクレームや、番組制作者からのダメ出しを読み上げる。
その中で、「学べるものを作れ」と製作側から言われたことを思い出し、「紙に文字を書いて表現する野球を作ろう」と思い立つ。丸めた紙に「球」と書いててボールに、また人型に切った紙に「人」と書いて観客に見立てるというものだ。そこで試作しようと材料を探し、見つけたものが以前に用意したものだった。
これは「『ユダヤ人大量虐殺ごっこ』のため用意された」と一言述べられる。

この言説が切り取られ取り沙汰された結果、「ユダヤ人虐殺を揶揄している」として批判され、2020年東京五輪開幕直前に当時総括ディレクターだった小林氏は解任された。

しかし、この一言から本当に「差別心」や「揶揄」の意図が読み取れるだろうか。ここでも、作品の本質の無視、「ユダヤ人への差別・虐殺への反対意識」と、虐殺問題をきちんと議論せず盲目的に表現を攻撃する圧力とが混同されてしまっていると筆者は考える。以下に、コント内容をさらに考察することで論拠を示す。

まず問題のセリフだが、この言葉が発せられた場面は「視聴者のクレームや製作側からの指摘を読む」という流れで出されたものだ。つまり、「番組として出してはいけない物事」として列挙されたものだ。小林氏が演じる青年はさらに続ける。
「(ディレクターの)トダさんに怒られたよ 『こんなもの出せるか!」って」
コント内の世界でも、これはタブーだとされている。

そこで笑いが起きる。
観客はそこで笑っているのだ。

これが「日本人の人権意識が低いため、浅はかに笑ってしまう」と片付けることは簡単だ。
しかしこれが「コント」という性質を持つことを今一度踏み込んで考えたい。
もちろん、「浅はかな笑い」もあっただろうし、「不適切な表現で笑いを求めてしまった」ことは小林氏本人も認めている。

当時の自分の愚かな言葉選びが間違いだったということを理解し、反省しています。(時事ドットコムニュース『「愚かな言葉選びを反省」 小林氏がコメント〔五輪〕』2021.7.22.より引用)

しかし、「コント=笑い、ツッコミを求めるもの」と考えれば、おそらくその時笑った観客の心理はこうだろう。
「それは当然怒られるだろう、ばかだなあ」
つまり、観客の笑いの対象は「ユダヤ人虐殺」に対してではなく、「タブーを軽く扱う人間」=青年 に向けられたものだ。

以上から考えるに、筆者はこのコントを「風刺」だと考える。「タブーとされる重要な人権問題を、子供に与えるオモチャのように軽々しく扱う社会」への皮肉を込めた作品だと捉えられるからだ。
ここには前述の『帰ってきたヒトラー』と同じカラクリが働いている。この映画は、ヒトラーの「ズレた」感性、まさしく前時代的と言える頭の固さ、極右翼的思考を笑っているうちに、実は観客である自分たちの内面にも「ヒトラー的に極端な右翼思考、排他性、差別心」が潜んでいること、また、マスコミやメディアを通じていとも簡単に扇動されるパワーが社会に潜在することに気付かされる。
『できるかな』も同様だ。そこに横たわるものは「揶揄」ではない。「人権問題を軽視する社会への風刺」だ。つまり、重大な人権問題への軽視に、むしろ反対する立場の視線がある。

それを「揶揄」だと批判することは、コントの本質を見ないばかりか全く向けるべきでない方向に怒りの矛先を向けていることになる。この怒りが向けられるべきは、人権問題を軽んじる人間なのだから。

それでも、例のコントを視聴した人の中には、こう考える人もいるだろう。
「これが日本への原爆投下を題材にしたものならば、笑い飛ばせるか?(そんなことは出来ない)」と。
「笑い飛ばすか否か」は、正直に言えば観客の感性に委ねられてしまうだろう。しかし、仮に原爆投下を題材としていた場合、やはり揶揄だと捉えるから問題視されてしまうのであって、原爆投下に反対する立場からの風刺だったなら、原爆の被害者を悼む側にとってはこれは問題どころかむしろ擁護すべきコンテンツとなるはずだ。

また、「問題となるコント内の台詞はオリンピック憲章で謳われる内容に反するため、小林氏の解任は穏当である」という意見にも、筆者は否を唱えたい。

6. 人種、宗教、政治、性別、その他の理由に基づく国や個人に対する差別はいかなる形であれオリンピック・ムーブメントに属する事とは相容れない(オリンピック憲章「オリンピズムの根本原則 」第6則)。

なぜなら、小林氏が2021年五輪で総括した舞台の内容は、問題のコント作品中に認められるような表現は全く含まれていないからだ。海外の目に触れる場において発表するにふさわしい内容の演出をしたことの、どこに憲章に反する点があるだろうか。

以上に加えてまた作者小林氏本人の人となりを考えれば、小林氏への批判、また解任はまったく不適当だったと言わざるを得ない。それどころか、作品の文脈を全く無視し、メディアに切り取られた言説を部分的に独り歩きさせ、まったく意図されない方向に解釈して攻撃するこの社会に恐怖を感じる。

読者諸兄にぜひ伝えたいが、揚げ足取りをする社会をこのまま許すことは、いずれ諸兄がどこかで少し迂闊な発言をしただけで、後々それが掘り返され非難される社会を自らの手で作り上げているということだ。
それよりも、言説の文脈をきちんと理解し評価する社会にした方が良いだろう。そのような社会が実現すれば、諸兄の小さな発言についてもしっかりと議論がなされ、意図した方向に解釈してもらえる世界が到来するのだから。


あとがき

本文は小林賢太郎氏の東京五輪開会式総括ディレクター解任とその批判を受け、「作品の文脈を無視して解釈し、またそれによる誤った認識を広めて作者を攻撃する行為」への警鐘を鳴らすことを目的として執筆した。筆者自身ラーメンズや、小林氏の舞台作品のファンである。傍目からみれば「ファンがなんとか擁護したくて御託を並べているだけだ」と思うかもしれないし、その指摘はおそらくある程度正しい。

しかし、擁護するにも感情論に頼らず、論拠立てて説明せねば説得力に欠けると考え、このような記事を書いた。

また、すでに述べたように、物事の上辺だけすくい取り、非常に簡単に揚げ足取りをされる社会があることに対して、アマチュアとはいえアーティストを名乗るこの身分としては声を挙げずにはいられなかった。反面、自分の言論に責任を持つこと、他者の作品を鑑賞する際には表層だけを見ず、深く考察することが大切であると再認識した。

読者諸君、この記事を紹介する際には、自分の賛成材料にするにせよ反対材料にするにせよ、どうか抜粋だけにはせず、本文が読めるようリンクを付けて紹介してほしい。繰り返すが、言説が部分的に独り歩きし、意図せず歪曲されることを非常に危惧している。2021/7/24 筆者記す

参考文献(最終閲覧はすべて2021.7.24)

Chelsea Watkins, “Hitler, Holocaust as depicted by DMN's John Knott”. The Dallas Morning News, 2018. Apr 25.
https://www.dallasnews.com/news/2018/04/25/hitler-holocaust-as-depicted-by-dmn-s-john-knott/

GAGA『帰ってきたヒトラー』日本語版公式HP https://gaga.ne.jp/hitlerisback/

University of Pittsburgh Digital Collection "Wonder how long the honeymoon will last?"

https://digital.library.pitt.edu/islandora/object/pitt%3AGR000199

朝日新聞グローブ 「優等生」ドイツ、もう一つの顔 『帰ってきたヒトラー』https://globe.asahi.com/article/11539692

「オリンピック憲章」PDF

https://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2011.pdf

時事ドットコムニュース「「愚かな言葉選びを反省」 小林氏がコメント〔五輪〕」2021.7.22 https://www.jiji.com/jc/article?k=2021072200357&g=spo

時事ドットコムニュース「五輪ディレクター「反ユダヤ的」 小林賢太郎さんを非難―米団体」2021.7.22 https://www.jiji.com/jc/article?k=2021072200278&g=soc

時事ドットコムニュース「東京五輪ショーディレクター解任 開会式は予定通り実施へ―組織委〔五輪〕」2021.7.22 https://www.jiji.com/jc/article?k=2021072200325&g=spo

ラーメンズ「できるかな」(非公式動画、現在は削除されている)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm3545193?ref=search_key_video&playlist=eyJ0eXBlIjoic2VhcmNoIiwiY29udGV4dCI6eyJrZXl3b3JkIjoiXHUzMGU5XHUzMGZjXHUzMGUxXHUzMGYzXHUzMGJhIFx1MzA2N1x1MzA0ZFx1MzA4Ylx1MzA0Ylx1MzA2YSIsInNvcnRLZXkiOiJob3QiLCJzb3J0T3JkZXIiOiJub25lIiwicGFnZSI6MSwicGFnZVNpemUiOjMyfX0&ss_pos=1&ss_id=220dadaf-d72f-403f-ab7d-9f8f0a54b20b

Real Sound 「ヒトラーの格好にドイツ市民はどう反応したか? 『帰ってきたヒトラー』主演俳優インタビュー」2016.06.22 https://realsound.jp/movie/2016/06/post-2024.html

ロイター通信「ヒトラー役で独国内撮影ツアー、主演俳優が国民反応に困惑」2015.10.7 https://jp.reuters.com/article/hitler-g-idJPKCN0S108620151007

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